大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

東京地方裁判所 昭和61年(ワ)9193号 判決 1987年5月28日

原告

土田連吉

被告

不二交通株式会社

ほか一名

主文

原告の請求を棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

事実

第一当事者の求める裁判

一  原告

1  被告らは、原告に対し、各自四三五一万四三一〇円及びこれに対する昭和六一年三月二〇日から支払ずみまで年五分の割合による金員を支払え。

2  訴訟費用は被告らの負担とする。

3  仮執行の宣言

二  被告ら

主文と同旨

第二当事者の主張

一  原告の請求原因

1  交通事故の発生

土田規弘(以下「規弘」という。)は、昭和六一年三月一九日深夜、東京都新宿区四ツ谷一丁目無番地先外堀通り(車道幅員三二メートル)の四ツ谷見附派出所付近を自転車に乗つて横断中、被告岡田昭一(以下「被告岡田」という。)が運転し、時速約四〇キロメートルで右外堀通りを市ケ谷方面から赤坂方面に進行してきた普通乗用自動車(練馬五五か二六二七号、以下「加害車」という。)に衝突され、同月二〇日硬膜下血腫により死亡した。

2  被告らの責任

(一) 本件事故は、被告岡田の徐行及び前方注意義務を怠つた過失により発生したものである。

よつて、被告岡田は、民法七〇九条により本件事故によつて生じた損害を賠償する責任がある。

(二) 被告不二交通株式会社(以下「被告会社」という。)は、加害車を所有しこれを自己のため運行の用に供していた者である。

よつて、被告会社は、自賠法三条により本件事故によつて生じた損害を賠償する責任がある。

3  本件事故によつて規弘及びその子の原告が被つた損害は、次のとおりである。

(一) 入院治療看護費 五四万八七五〇円

(二) 葬儀費 九〇万円

(三) 慰藉料 二〇〇〇万円

(四) 逸失利益 四八六七万一三一七円

規弘(当四三年)は、本件事故前飲食店を経営して営業経費を賄うほか、親子三人の生計を維持し、一か月四四万六三四〇円の支出をしていたから、本件事故により死亡しなければ六七歳まで年間四八三万〇九〇〇円を下らない収入を得られたものというべきである。

よつて、右年収を基礎に生活費を三五パーセントとし、新ホフマン方式により年五分の中間利息を控除して逸失利益を算出すると、次の計算式のとおり四八六七万一三一七円となる。

483万0,900円×0.65×15,500=4,867万1,317円

(五) 弁護士費用 三九五万五〇〇〇円

(六) 損害てん補 二五五四万八七五〇円

4  よつて、規弘の相続人である原告は、被告らに対し、前記(一)ないし(五)の損害合計七四〇七万五〇六七円から同(六)の損害てん補金二五五四万八七五〇円を控除した残損害額四八五二万六三一七円の内金四三五一万四三一〇円及びこれに対する規弘死亡の日から支払ずみまで民法所定年五分の割合による遅延損害金の支払を求める。

二  請求原因に対する認否

1  請求原因1は認める。

2  同2の(一)は否認ないし争う。同(二)の前段は認めるが、後段は争う。

3  同3の(一)ないし(五)は争うが、同(六)は認める。

本件事故当時、規弘は生活保護を受けていたのであるから、同人の損害については右生活保護による収入を基礎として算定すべきである。

仮に、規弘の収入について生活保護による収入を基礎として算定することが相当でなく、平均賃金等の統計的資料により収入を算定すべきであると仮定しても、規弘は本件事故以前のひき逃げ事故により外傷による右示指・中指・環指・小指の機能障害と下腿骨折による左足関節機能全廃の障害を負い、身体障害者等級表による四級の身体障害者であつたから、本件事故発生当時既に労働能力を五六パーセント喪失していたものとして算定すべきである。

三  被告らの過失相殺の抗弁

1  本件事故は、歩行者横断禁止区域でかつガードレールが設置され、僅か二五メートル先に横断歩道があるのに、規弘が飲酒酩酊(血液一ml中に一・〇愉mgアルコール含有)したうえ横断歩道外を無理矢理に横断しようとし、しかも車道に十数秒間も留まつたことにより発生したものであるから、規弘の自殺行為ともいうべき被害者の一方的過失事故であり、仮に被告岡田に本件事故発生について責任の一端があつたとしても、規弘の過失は極めて重大であるから、規弘が受けた損害については、その大部分の損害につき過失相殺をされるべきである。

即ち、本件事故現場は、通称外堀通りと称せられ、終日歩行者横断禁止区域であり、本件事故現場には現実に歩行者横断禁止標識が設置されていたところ、歩行者は、歩行者横断禁止区域の道路を横断してはならず(道交法一三条二項)、しかも、本件事故現場には、ガードレールが設置され歩車道を物理的に区別しており、更に、本件事故現場から僅か二五メートル先に横断歩道があつて、道路を横断しようとする歩行者は横断歩道の付近ではその横断歩道で道路を横断しなければならない(道交法第一二条一項)のであるから、規弘は本件事故現場の外堀通りを横断するには、二五メートルしか離れていない横断歩道を横断すべき法律上の義務を負担し、右義務を履行していれば本件事故は発生しなかつたのであるから、規弘の責任は極めて重いといわなければならない。

2  そもそも、本件のように、歩行者横断禁止区域でかつガードレールが設置され、二五メートル先に横断歩道があるところでは、車両の運転者としては、横断歩道以外の車道を横断する歩行者はないであろうと信頼していれば足りるのであつて、加害車両の運転手である被告岡田には過失は存しないか、仮に僅かな過失が存すると仮定しても、事故発生の責任の大半は横断歩道以外の車道を横断した規弘にあるから、少なくとも九〇パーセント以上の過失相殺をすべきである。

四  過失相殺の抗弁に対する否認

規弘に過失があることは認めるが、過失相殺の割合については争う。同人の過失割合は一〇パーセント程度が相当である。

第三証拠

証拠関係は、本件記録中の書証目録及び証人等目録記載のとおりであるから、これを引用する。

理由

一  請求原因1は当事者間に争いない。

二  そこで、被告らの責任について判断する。

1  成立に争いない乙第一ないし第七号証、同第一六号証に前記当事者間に争いない事実及び弁論の全趣旨を総合すると、被告岡田は、加害車を時速約四〇キロメートルの速度で運転して本件事故現場付近に差しかかつた際、進路左前方を進行中のタクシーが除行し、かつ、その左側道路端に自動車二台が停止し、道路上に車両の通行に支障となるような状況が窺われたにかかわらず、減速除行せず、しかも先行車や停車車両の前方の道路状況を十分確認しないまま、漫然と時速約四〇キロメートルの速度で進行したため、自転車に乗つて横断中に誤つて路上に転倒して起きあがろうとしていた規弘(当四三年)をはね飛ばしたことが認められ、右認定に反する証拠はない。

よつて、被告岡田に前方不注意、除行義務違反の過失があるというべく、被告岡田は、民法七〇九条により本件事故によつて生じた損害を賠償する責任があるというべきである。

2  被告会社は、加害車を所有しこれを自己のため運行の用に供していた者であることは当事者間に争いがなく、運転者の被告岡田に過失があることは前判示のとおりである。

よつて、被告会社は、自賠法三条により本件事故によつて生じた損害を賠償すべき責任を免れないものといわざるを得ない。

三  進んで、本件事故によつて生じた損害について判断する。

1  入院治療看護費 五四万八七五〇円

成立に争いない甲第二号証の三によると、規弘は、入院中に治療看護費として五四万八七五〇円を負担したことが認められる。

2  葬儀費 九〇万円

弁論の全趣旨によれば、規弘の葬儀費として九〇万円を下らない費用を負担したものと推認することができる。

3  慰藉料 二〇〇〇万円

規弘の年齢、社会的地位、家族関係等諸般の事情に鑑みれば、同人の死亡に対する慰藉料としては二〇〇〇万円をもつて相当と認める。

4  逸失利益 二四八三万八二〇〇円

成立に争いない甲第二二、二三号証の一ないし三、乙第七号証、証人土田キンの証言によれば、規弘は、秋田県内の高校を卒業した後上京し、都内の精肉店などで働いたあと昭和四四年頃から都内江戸川区平井で中華料理店幸来軒を開業していたが、昭和五八年一一月ひき逃げ事故により昭和五九年八月まで入院したため一時営業を中断したこと、同人は、退院後の同年一二月四級の身体障害者となり松葉杖を使用しなければ歩行できなくなつたにもかかわらず営業を再開したが、昭和六〇年六月皮膚移植等の手術のための再入院により営業を中断したこと、同人は、同年一一月退院し、同年一二月から営業を再開したが、本件事故により死亡するに至つたこと、同人の経営する中華料理店の昭和五七年度の所得税の確定申告によると同年度中の収入金額から必要経費を控除した所得金額は一四〇万一九四四円であり、従業員四名に対する支払給料は三三歳の男子従業員の年間支給額二九〇万五〇〇〇円のほか合計六一九万〇七五〇円であること、同料理店の昭和五八年度の所得金額は零円であるが、従業員五名に対する支払給料は合計五八六万四七七〇円であること、同人は昭和六〇年秋困窮のため最低限度の生活を維持することができないとして生活保護の申請をし、昭和六一年三月には生活保護費の支給を受けていたことが認められ、右認定に反する証拠はない。

右認定の事実関係のもとにおいては、規弘の逸失利益を算定すべき基礎収入を正確に確定することはできないが、同人は重度の身体障害者であるが中華料理店の経営者であること、同人は生活保護費の支給を受けていることのほか同料理店の従業員の給料等を総合勘案すると、同人が本件事故により死亡しなければ、控え目にみて、四三歳から六七歳までの二四年間中華料理店を経営するなどして年間三〇〇万円程度の収入を得られたものと推認するのが相当であり、右推認に反する証拠はいずれも採用することができない。

そこで、右収入を基礎としたうえ、これから生活費四割を控除し、ライプニツツ方式により年五分の割合による中間利息を控除して死亡時の逸失利益の現価を求めると、次の計算式のとおり二四八三万八二〇〇円となる。

300万円×(1-0.4)×13.799=2483万8200円

5  過失相殺

前掲乙第一、二号証、成立に争いない乙第七、一四号証によれば、規弘は、身体障害者であるにもかかわらず、深夜、酒を飲んだうえ自転車に乗つて自宅に帰るため事故現場付近に差しかかり、右事故現場付近の外堀通りは終日歩行者横断禁止となつているのにあえて横断歩道外を自転車に乗つて横断しようとしたため誤つて路上に転倒し、加害車にはね飛ばされたことが認められ右認定に反する証拠はない。

右認定の事実によれば、規弘の過失は重大であるから、右過失を斟酌して被告らの賠償額を五割減額するのが相当である。

6  損害てん補 二五五四万八七五〇円

以上によれば、前記1ないし4の損害合計は四六二八万六九五〇円であるところ、過失相殺により五割を減すべきであるから、規弘の死亡による損害は結局二三一四万三四七五円となる。

ところで、規弘の死亡による損害のてん補として二五五四万八七五〇円の支払を受けたことは当事者間に争いがないから、これを前記損害額から控除すると、すでに過払となり、被告らが賠償すべき損害は存しないことになる。

四  以上のとおりであつて、原告の本訴請求は、その余の点について判断するまでもなく理由がないから失当として棄却することとし、訴訟費用の負担につき民事訴訟法八九条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官 塩崎勤)

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例